秋A

 ベルクソンは、「物」と「動き」によって、しかも、「動き」を中心にして世界をとらえようとした。物はわれわれでもすぐに理解できるが、動きの意味するところはそうもいかない。持続、あるいは純粋持続と名付けたのも、誤解を極力避けるためだろう。  しかし、独特な用語には解説が要るから、手間がかかる。それが哲学というものかもしれないが、わ…
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冬A

 数年前、Jさんの家ではウンザリするほどネズミが闊歩していた。床の間の花瓶に生けた花まで食い散らし、おまけに大量の糞を残すのである。少なからぬ憤慨と共に訴えたところ、知人は、  ーーうちのネズミが引っ越したのかなあ。最近は大人しいから、と、いうのだった。  駆除剤を食べられた形跡がないにもかかわらず、いつの間にか大人しくなっ…
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秋A

   ーー時間とは、すべてが一瞬に与えられることを防ぐものだ。遅れさせるものであり、むしろ遅れそのものだ。それゆえに、生成作用がある。その時、時間は、創造と選択を載せる器ではないか?時間の存在が、物の不確定性を証明しているのではないか?時間とは、不確定性そのものではないだろうか?  晩年のベルクソンは、若き日の着想をそんな風にふ…
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冬A

 最近のJさんは、実によく病気になる。したがって、病院との縁が深まるばかりである。  そういう自覚をかれにもたらしたのは、毎年罹るようになった風邪のせいにはちがいない。風邪といえば、小学校に上がるまではさておき、それ以降、Jさんには罹った覚えがトンとない。毎年風邪になるとこぼす知人の訴えが、遠い国の出来事のようにも耳にひびくほ…
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秋A

 サルトルの「嘔吐」を読んでも、わたしはピンと来なかった。他の小説や戯曲に接しても、ある種の感心はしたものの、カミュのようには心酔できなかった。肌が合わなかったといえばそれまでだが、それだけに、「革命か反抗か」というタイトルで文庫本になったサルトル・カミュ論争は心に痛かったのである。  わたしの感想を一言でいえば、「くやしい」…
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冬A

 Jさんには四人の孫がいる。七才、三才、一才、一才で、みんな男である。  みんな男であることに、Jさんは妙な因縁を感じてしまう。というのも、かれの子供はみんな女で、三人目も女の子だとわかったときには、本当にビックリした。世の中の人間は男女相半ばしているのだから、二人目はまだしも、三人目は確率的にまちがいなく男の子だろうと、決め…
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秋A

 もう三か月以上、監禁生活をつづけていることになる。それまでも似たような生活だったが、強制されていたわけではない。自ら選んだものだったから、平静でいられたけれど、強いられた日々にはどこか鬱陶しさがつきまとう。少しでも明るい窓をさがすように、たとえば、カミュの「ペスト」を読む人が多いのはわかる気がする。  やっと読み終えた「ペス…
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春E

 Zの下宿をたずねたのは一度きりだったが、どういういきさつだったのか、今ではハッキリしない。同県人だったのは確かで、それもあって、わたしは教えられていた下宿をたずねたことがある。大学近くの交差点の直ぐそばだったから、行きやすいこともあったかもしれないが・・・・。  商店と商店の間の路地の突き当たりにある、当時の典型的な学生アパ…
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春E

 オルグということばの意味を知ったのは、大学に入ってずいぶん経ってからだった。それほどいわゆるノンポリだったわけだが、むしろ浮世離れしていたのかもしれない。当時はどこの大学でも学生紛争の嵐が吹き荒れ、入学すると、すぐさま正門のまわりはイスや机によってバリケードが張られ、講義はなくなり、わたしは下宿の窓辺で鬱々としていた。紛争とは全く…
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春E

 同じ学年で浮名を流していた双璧はQ女とM女だったと知って、わたしは驚いた。  Q女は、背の高い、プロポーションが抜群の、目鼻立ちが整った、しかも派手なメーキャップや服装だったから、十分予想できた。大きく円いイヤリングをぶら下げ、バッグやブレスレットも金色のチェーンの付いたものをチャラチャラ鳴らしながらキャンパスを闊歩していた…
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秋A

 アルベール・カミュという作家を、わたしはかつて偏愛した。有名な作家にはちがいないが、小説といえば、中編の「異邦人」と「転落」、長編の「ペスト」、短編集の「追放と王国」の四編しかない。戯曲やエッセーもあるけれど、大作家というには貧弱すぎるだろう。それでも偏愛したのは、まず「異邦人」の無類の面白さが挙げられる。「極めて具体的に語ら…
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秋A

 ベルクソンに「記憶と物質」という有名な書がある。記憶は脳のどこかに埋め込まれるのではないことを執拗に論じたものだ。誰もが漠然と感じながらも理屈の分からないものの一つについて、哲学的思考と当時の科学的知見を総動員して明らかにしているのである。  議論の細部には理解の及ばない点が多々あったけれども、確か他の書のどこかでは、記憶と…
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秋A

 最近はもっぱら大リーグの方に、わたしの関心は向いている。とくに今年は大谷翔平の二刀流復活が期待されていただけに、感染症の大流行による延期が残念でならない。六月に開幕できたにしても、どうも無観客試合になる公算が大きいらしく、悪くすれば今年は中止にもなりかねないという。今のアメリカの惨状を見ていると、日ごとにその可能性がふくらんで…
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春A

 目も、顔も、体も、丸い感じのK女先生は、「お母さん」のイメージにぴったりの人だった。しかし、やんちゃな中学生が相手だから、時には手厳しく怒ることもある。ふだんおだやかなだけに、  ーーおい、○○、ちょっと前に出て来なさい!と、鋭い声を出されると、それだけで教室はシンとした。新米の女教師の泣かした罰として、○○もまた、クラスメ…
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夏A

 ふだん数字ばかり眺めているせいか、たまたまわたしの周囲がそうだったのか分からないが、酒が入ると人格が豹変する教師が、数学科には多かった。W氏などその典型で、若いF氏も同じタイプだろう。二人は同じ時間割係だったので、春休みがほとんどなかった。朝から夕方まで校舎の一室にこもって、壁に掛かった大きなボードとにらめっこしながら、一年間…
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秋春C

 新しく集まった顔ぶれの多くは、丸坊主だった。しかし、中学校からそのまま上がってきた内部生たちはふさふさした髪で、中には分けている者、油をふっている者もいる。街の雰囲気を漂わせた子が多く、そんな進学校の一員になったことに、わたしはどこか馴染めなかった。あれほど強く希望し、懸命に勉強したにもかかわらず・・・・。  ただ、内部生の…
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秋春C

 ルソーの「自然に帰れ」というメッセージが、高校時代のわたしにとって、大きなメルクマールだったのは確かだが、どこから得たものか、不思議なくらい判然としない。ルソーを読んだ覚えがなく、となると、西洋の作家もしくは小説からの又聞きということになる。愛読した作家をふり返ってみると、トルストイが真っ先に浮かぶ。一種の自然人だったトルスト…
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秋A

 本屋に行くのをためらう日が来るとは、今まで考えたこともなかった。高校時代からずっと、週に何度か本屋で立ち読みすることは、日常生活に欠かせない一コマになっていたのである。  もちろん、新型コロナウィルスの影響である。さすがにここまで広がると、ちょっとしたことでも気にかかる。数日前、やむを得ない事情で見知らぬ人々と(濃厚とまでは…
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秋A

 浄土真宗に帰すれども  真実の心はありがたし  虚仮不実のわが身にて  清浄の心もさらになし  親鸞最晩年の和讃のひとつである。愚禿悲嘆述懐というタイトルのもと、似たような和讃がつづくわけだが、人生の終着駅が近づいているとき、余りに異様ではないか。円熟の境地とはほど遠い地点に、親鸞は立っているのである。  長子の…
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秋春B

 子どもの頃、祖母のもとにはよく老人が集い、中でもKばあさんとIばあさんは日参していた。昼間ばかりではない、時には夜のこともあり、その夜も玄関の板の間に腰かけて、うわさ話に時の経つのも忘れていたはずだ。  納屋を改造した部屋を新しくもらったわたしのところに、  ーーお客さんよ、と、母が知らせに来た。不審に思って、  ーーだ…
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秋春D

 暗い浪人生活ということばにはだれにも分かる響きがあるけれど、わたしにとっては暗かったとばかりはいえない。A女がいたからである。かの女はわたしの下宿の先住者で、かの女が出たために、わたしが入ることになったのだ。下宿といっても、下宿のおばさんにとって初めての経験である。二階の二間を甥と姪が使っていたのに、姪の方が出て行ったための窮…
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冬A

 結局、Nさんは京都と大阪に行かなかった。さんざん迷ったけれども、予定した日にはもう両都市ともに何十人もの新型肺炎が出ていたため、あきらめが付いたのである。ただ、その頃はまだ、ひょっとすれば四月には収まるではないか、終息とは行かないまでも、見通しが立つのではないかと思っていたが、甘かった。  見る見るうちにヨーロッパにひろがり…
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秋夏C

 勤め始めてまもない頃、  ーー先生はタヌキが恐いんか?と、出し抜けに問われ、キョトンとしたことがある。  ーー校長室で飼っておろう。あのタヌキが恐いんじゃろ、と、つづけられると、「なるほど」と、わたしは妙に感心した。確かにタヌキに似た校長だったのである。  社会のF氏を「社長」と呼ぶのも、負けず劣らず秀逸だろう。まだ若い…
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秋夏C

 わたしに対する厳しい批判があると、みんなが予想し、わたしも覚悟していたにもかかわらず、総括会議はあっけなく終わった。夕暮近くに帰って、職員用の靴箱に靴を収めていると、つづいて入ってきた理科のS氏が、  ーー協会も生ぬるうなったもんよ!と、忌々しげに口走った。氏の予想に反して、もっぱら学校体制が問題視されたのが大いに不満の面持…
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秋夏A

 学生時代の友人が春休みを利用してやって来たことがある。かれも教員で、かれに習って教員の資格を取得したわけだから、一種の恩人にはちがいない。もっとも、持ちつ持たれつの関係だったわけだから、ふさわしい形容ではないかもしれないが。  さて、どこに案内したものか、わたしは少なからず迷った。観光名所に乏しい土地柄だし、学生時代にも来て…
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秋A

 宮本百合子がどこかで、漱石は女性を描けていないと批判し、有島武郎の「或る女」を激賞していた。しかし、わたしにいわせれば、「或る女」のヒロインは何だか下品な印象があり、トルストイを摸倣したような描写が鼻に付いた一方で、淡彩画とはいえ、漱石の描く女性には魅力があった。  「三四郎」の美禰子は、「無意識の偽善家」という、余りありが…
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秋A

 ソ連共産党書記長ゴルバチョフが耀いていた時代を、わたしはよく憶えている。東西二陣営による分断の象徴だったベルリンの壁が崩壊し、市民が歓喜したときが、絶頂期だった。政治ばかりでなく、精神的にも二分されていた二十世紀が終わり、二十一世紀を迎えることに新たな希望をいだいた人も多かったはずである。  あれから三十年。二〇〇一年、ニュ…
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秋春A

 部屋の中を整理していたとき、小学時代の卒業アルバムを見つけて、愕然とした。実に素朴というか、粗末で、それでも、当時としては立派な感じの装丁だった。近隣のモデル校とされた学校だから、アルバムとしては上等だったはずである。  写真はどれもセピア色に染まっているのは仕方ないにしろ、(たぶん灰色の)制服は実に古色蒼然たるものだった。…
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秋A

 新型コロナウィルスに始まり、パンデミック、クラスター、オーバーシュート、ロックダウンと、次から次へと感染症に関わる専門用語が、身近な報道の中にも踊っている。  武漢に始まって、中国全土にひろがり、多くの街や地方が封鎖される報道に接するうちは、わたしにとっては対岸の火事だった。クルーズ船が横浜沖に停泊したまま、身動きがとれず、…
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秋夏

 職員会議の場になると、職員室ではにぎやかな先生たちもみんな黙り込んでしまう。それぞれ思い思いの表情を浮かべて、半ば眠り込み、中には本当に眠ってしまう人もいた。十人十色というけれど、四、五十人があつまるわけだから、なかなかまとまらない。まとまりかかると、疑義を差しはさむ人がどうしても出て来てしまうのだ。校長は苦虫をかみ殺したよう…
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